無敵の人、というネーミングは変えたほうがいいのかも。名前の印象が持つ危険性


こんにちは、中山です

近年、無敵の人、という言葉が話題を集めています

数年前からあった言葉ですが、近年の大きな事件と結びつき、その存在感はましています

私は、このネーミングを変えたほうがいいのでは、と考えています

無敵の人とは

無敵の人、というのは元2ちゃんねるの管理人、ひろゆき氏が言い始めた言葉で、財産、仕事、家族、友人など、社会的に失うもののない人のことです

そういった人は失うものが一切ないため、感情的な勢いで捨て身で事件を起こしてしまう危険性があると近年は指摘されています

また、そういった状況にあると思われる人の事件もここ数年で多く発生しています

無敵の人、という言葉の印象

私はこの、無敵、という言葉が非常にゲーム的で、人生そのものをゲームとして捉えてしまうことを助長するのではと感じています

この世界はある種のゲームなのだから、倫理観のはずれたこともしてしまっていい、と考える人が出てきてしまうこともあるのではないでしょうか

私はひろゆき氏はとても先見性のある人だとは思いますが、彼のゲーム的な趣味や、2ちゃんねるてきなちょっとしたからかい半分の要素もこのネーミングセンスには含まれていると感じています

また、無敵の人という言葉があることで、そういった状況に置かれている人に自分が失うものがない、無敵の存在である、と意識させてしまうように思います

職も恋人も財産もない人でも、ひきこもりのように小さく小さく暮らすことは私は個人の自由として問題ないと考えています

そういった人に、無敵、という言葉をつけてしまうことで、その言葉に背中を押されて、なにか事件を起こしてしまうことに繋がるのではないでしょうか

脱法ハーブが危険ドラッグに。ネーミングを変える効果

数年前まで、脱法ハーブとして売られていたものが、現在は危険ドラッグと呼ばれるようになりました

脱法ハーブという、あくまで合法で特に悪いことではないというイメージが強調されているように感じますが、危険ドラッグでは悪いことであることが明らかにわかります

こういった、名前で印象が大きく変わることは多々あります

無敵の人、という名前も変えることでその社会的な立場が変わるのではと私は期待しています

社会が救うべき人、などという名前のほうがいいのでは

例えば、こういった人たちのことを、社会が救うべき人、と呼ぶのはどうでしょうか

もちろん、私が思いついただけのこのネーミングがベストだとは思っていませんが、こういったネーミングでも、社会が見捨てていないという姿勢を取るのは大切なことかと思います

まとめ: 今後、さらに深刻になる問題

これまではただの引きこもりと呼ばれていた人が、さらに状況が悪化して無敵の人となってしまい、数が増えていくというのは、日本の高齢化、経済状況、そしてAIにより単純作業の仕事がなるなるということから増えていくと予想できます

そういった人に社会がどう向き合うのか、呼称も含めてとても重要になっていくでしょう

ほいでは!


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