結婚は本来は弱者救済のシステム。その仕組は、いずれ形を変えて復活するでしょう


こんにちは、中山です

私も30を越え、結婚をした同級生も多くなってきました

友人間での自身の結婚覚について話をする機会も多くなりました

そういった中で、私の友人も世間の流れにもれず、結婚願望が低くなっていることを強く感じます

特に、都内で暮らす独身者は、結婚に対するリスクを考えることが多くあるようで、結婚願望が低い人が多いようです

本来は、結婚は弱者救済のシステム

そういった、私を含め、特に経済力が高いわけでもない独身者の結婚願望が下がるような社会構造が、私にはとても奇妙な状況に感じます

結婚は、歴史的に見れば弱者救済のシステムとして機能していた部分が大きいからです

はるか昔から、本来、家庭を持って子供を残すというのは、権力者であればあるほど有利なはずでした

財力や権力がある男性が複数の女性の面倒を見て、そして子供をつくるというのが、人口を増やす上でも効率がいい方法ですし、経済力のある男性に面倒を見てもらえるという意味でも合理的です

そのため、一夫多妻制を取っていた社会は昔の社会には多くありますし、同じような仕組みは動物の社会の中にも多く見られます

力のある強い男が女性も家庭も独占して、他の男は生涯家庭を作らずに独身で過ごすという方が、古くからの社会では多く取り入れられてきた仕組みであり、そして経済力のある男がその経済力におおじての規模で家庭を持つという、経済的にも合理的な仕組みになっていたのです

しかし、それでは大量の独身の男性があぶれてしまいます

男女が一対一で結婚するという現在の制度は、そういった大量のあぶれてしまう男性を救済するための措置として、ある種の弱者救済の仕組みとして自然と出来上がってきたものなのではないでしょうか

そのおかげで、結婚が当たり前であった10年ほど前までの日本社会では、たとえ学生時代に全く女性に縁が無いような男性や、経済的に余裕が無いような男性でも、お見合いのような制度を使って結婚をすることができ、生涯を孤独に過ごすということがなくなりました

また、結婚という、複数人で同じ場所に住むという仕組みにより、さまざまなものをシェアすることができるようにもなり、経済的にも助け合うことができます

一人ではできないこと、労力がかかりすぎて現実的でないことも、助け合うことができるでしょう

そういった、一人で一生暮らす男性への救済、そして経済的な助け合いのために、結婚という制度は支持し続けされてきたのではないでしょうか

こちらの本から、私は参考になるアイデアを多く得ました

現在の結婚は、経済的に合理的ではない

結婚したくない、という若者が増えてきています

そういった人が増えることの最大の理由が、経済的な非合理性でしょう

現在の日本社会では、結婚をして子供を育てるとなると莫大な養育費がかかるようになります

都内で子供を育て、きちんと大学に通わせるようになるまでにかかる費用はアパート一部屋が買えるほどとも言われます

昔の社会であれば、子供は生まれれば生まれるほど、労働力として家庭を手伝うことになり、家庭は豊かになりました

そういった状況が、現在では逆になりつつあります

離婚制度の法整備がきちんとしすぎているということも問題の一つかもしれません

もちろん、離婚という仕組みがきちんとできていることには私は賛成です

しかし、法律的な仕組みがきちんと出来すぎているため、もし離婚となるとお互いに多くの時間もお金も使うことになり、そういった自体が起こる可能性があるのであればはじめから結婚しないでおこうという人が多く出てきてしまうのは仕方のないことなのかもしれません

経済的に損をする、しかし生涯孤独というリスクから抜け出すことはできる、といったような、本来の弱者救済の仕組みの一方だけが機能しているのが、現在の結婚制度なのです

結婚に代わる制度が、続々と出てくるでしょう

結婚は、本来は経済的な合理性と、生涯孤独に過ごす男性を救済するための仕組みでした

それが現在の社会では、経済的な合理性はなくなりつつあります

そういった、メリットの薄くなりつつある結婚制度は、もうすぐ形を変えていくでしょう

経済的に合理性のある、そして生涯孤独にならずにすむような複数人での同居。

そんな、現在のシェアハウスのような仕組みがそのうちに結婚に変わる仕組みとして定着していくと私は考えています

子供をつくるという行為は、そこから切り離しても良いかもしれません

そうなってくると、男女がペアで同居するという縛りすらもなくなっていきます

同世代であることですら、特に気にする必要はなくなってきます

性別にとらわれず、経済的に、そして性格的に合う人が同居をして助け合うという、弱者救済の仕組みとしての結婚に変わる制度としての居住体型が近い将来にできてくるのではと私は考えます

人口問題には、一夫多妻制でも良いのでは

批判や誤解を恐れずに書くと、私は上記のような性別や世代にとらわれない結婚に変わる弱者救済の仕組みができるのであれば、一夫多妻制は復活しても良いのではないかと考えています

そもそも、一夫一妻制の仕組みというのは近代によりできたものであり、そちらが正しくて一夫多妻制が倫理的に間違っているという考えは近代のものです

倫理観というのは時代によって変わるものですから、そういった仕組みが一般的になってくれば一夫多妻制に対する倫理観もまた変わってくるのではないでしょうか

また、例えば人口受精などの科学的な仕組みにより、現在の倫理観を守りつつ、一人の男性が大量に子供をつくる仕組みもできてくるのではないでしょうか

経済力のある男性が子供を多くつくり育てるほうが、経済的に安定した環境を子供に与える事ができるという意味では、経済的に合理的です

経済的に余裕があって、独身でありつづける人たちは弱者ではない

結婚は、経済的に弱い立場にある独身男性を生涯の孤独から守るために機能している弱者救済の制度だ、と書きました

しかし、現代の日本社会では経済的に十分に豊かでも、独身をつづける人たちが多くいます

遊ぶ友人や家族、女性がいるという人も豊かな日本社会の中には多くいます

そういった人たちは、私のこの記事でいう弱者ではありません

結婚は弱者救済の仕組みとして機能していました

弱者というのは、昔の社会であれば権力者以外の平民はほぼすべて弱者という扱いでしたが、現在の社会では、経済的にある程度の成功をし、そして交友関係をきちんと築くことができればそういった昔の社会での弱者としての立場から抜け出すことができます

そういった人は、結婚をする必要はまったくないのです

子供を持つかどうかも、あくまで個人の選択でしかありません

子供を作りなくなければ、べつに作る必要はないのです

私個人としては、人生は一度きりなのだから子供をつくって家庭を持ちたいという願望はありますが、そういった願望は個人的なものです

願望がなければ、無理して結婚をする必要は、現在社会では全く無いのです

まとめ:結婚制度やその倫理観はは常に時代とともに変化してきた

結婚制度と弱者救済の社会の仕組みについて、私の考えることをまとめてみました

長い人類の歴史から見ると、結婚制度は様々な形に姿を変えてきました

一夫多妻制もありましたし、他には例えば日本の田舎では結婚などはなく、夜這い制度によってつくられた父親が誰かわからない子供を村全体で育てるという仕組みもありました

そういった社会の変化に応じて変わってきた結婚の制度が、現在の社会の変化によりまた新しい形になりつつあります

弱者救済という機能はなくなり、弱者救済の仕組みは他のものが代用していくでしょう

古い仕組みが絶対にただしいというわけではなく、新しい仕組みを受け入れていく姿勢も大切でしょう

そして、不貞である、誠実でない、というような倫理観も時代によって変化してきました。

現在の結婚制度が正しく、そこから外れるのは間違っている、という倫理観も、

やがて姿を変えていくでしょうし、私達もそれにとらわれない姿勢が大切かと思います

ほいでは!


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