ときには、マナー違反になる勇気を。自分の権利を守るために


こんにちは、中山です

私ごとですが、先日、とある国から日本に帰国するときに飛行機の中でちょっとしたトラブルが有りました

マナーを守るのは、時として自分の不利益に

数日前、私の乗った飛行機が離陸してしばらくすると、私の後ろの席の後ろの人から、椅子を倒さないでくれ、と言われてしまいました

そのようなことは言われたのは、これまでではじめてのことです。

その飛行機には8時間近く乗らねばならず、私はその機内で寝るつもりでした

しかし、椅子を起こしたままだと寝ることはできず、ずっと起きていなければなりません

さすがに私もそれを受け入れることはできなかったので、後ろの人と話し合いをすることにしました

「申し訳ないが、こちらの席は私の席だ。ずっと起こしておくと寝ることができないから、倒させてもらう。どうしても倒されるのが嫌なら、他の席に移ってほしい」

私がそんなことを言うと、後ろの人は、それ以上は特に何も言わなくなり、そのまま私は席を倒すことができました

その人は私にそれ以上は何も言いませんでしたが、その顔には強い不満の表情がありました

もしかしたら私のことを、身勝手なマナーの悪い人だ、とおもったのかもしれません

私は、もっと何かいい方法がなかったのか、と帰国までの飛行機の中でいろいろと考えました

マナーを守ることが難しいことは、日常のいろいろなところに

飛行機の座席だけではなく、マナーを守ることが個人に不便を強いるということは日常のいたるところにあります

例えば、エスカレーター

エスカレーターは、暗黙の了解として、東京では右側が急ぐ人用に開けていて、左はそのまま立ち止まって乗る人用となっています

しかし、公式なエレベーターの使用方法として、あるきながら乗ること、そして二列になって乗ることは安全面から推奨されていません

安全面を最優先するのであれば、そのような暗黙のルールに従わず、エレベーターの中心に1人で立ち止まっているのがベストなのです

車のハイビームも、私は時として使い方に困ります

私の住む田舎では、街灯が少なく、ハイビームを使わないと暗くて先が見えないような道路がいたるところにあります

しかし、ハイビームは対向車に対しては親切な造りではありません。私がハイビームを使っていると、対向車線から、眩しいぞ、とハイビームをチカチカと光らせるように合図がときにあり、私にハイビームを使わせない促してきます

さすがに、私も街灯が多く、そして対向車が多い場所ではハイビームを使うことはありませんが、そのハイビームを使うような道路、というのが判断がなかなか難しく、対向車線から注意されるのが嫌で暗くても我慢してハイビームを使わないということもたまにあります

ごういった、マナーを重視するあまりに自分の安全や利益が損なわてしまう状況と言うのは、この世界のいたるところにあります

マナーを守るのは、日本のほんとうに素晴らしいところ

こういった暗黙の了解やマナーを重視するというのは、日本の素晴らしいところだと思います

嫌味ではなく、ほんとうに思います

先日もとある国で電車に乗り、列に並ばない、狭いところに無理やり座ろうとしてくる、騒音、などマナーの悪さに閉口しました

他人のことを考えて自分の行動を自重する、というマナーがあるからこそ、日本社会は暮らしやすく、そしてストレスの少ない社会となっているのです

過剰なマナーの押し付けには話し合いを。そして、ときにマナー違反になる勇気を

しかし、こういったマナーの押しつけは年々とエスカレートしている印象を受けます

タバコのマナー、電車内でのマナーなど、細かいマナーやコンプライアンスがいたるところにあり、それが日本社会を息苦しくしていることは間違いないでしょう

そういったマナーの押し付け合いには、いったんは話し合いをするのが良いかもしれません

私の場合、先述の飛行機の座席の件に関しては、話し合いのあとには特にそれ以上、対立などは起こらずに話を終わらせることができました

感情的な完全な納得をするということはなかなか難しいのかもしれませんが、なにもせずに相手の主張を無視するという寄りはベターかと思います

しかし、車のハイビームなど、直接話し合いをすることができない場面が多いというのも事実です

こういったときには、私はときにはマナー違反になる勇気を持っても良いのではというところで自信の結論を持つようにしています

数年前にベストセラーになった、嫌われる勇気からの影響もあるのかもしれません

他人の意見を聞くあまり、暮らし辛くなってしまってはこの世に生きる幸福度が下がってしまいます

社会調和よりも、自分の利益を追求する姿勢も、時としては必要なのです

特に、現在の日本はマナーが過剰に尊重されています

そういった社会に対するカウンターとしても、マナー違反になる勇気は、ここで見直されても良いのかもしれません

ここでちょっとそういったマナーに対するカウンターカルチャーがおこったとしても、前述したような私が閉口したようなマナーの悪い国に日本がなるということはないでしょう

マナーは自分の中に。押し付けるものではない。

こういった社会の暗黙のルール、マナーに対して、他人から言われたときにどうするかということも大事ですが、それ以上に自分自身が他人にマナーを押し付けない、ということも大切かと私は考えています

マナーは守るもので、押し付けるものではない、ということを一人ひとりが心がけるように慣れば、この同調圧力のような、暗黙の了解によるルールが強い力を持つ社会の形は変わるのではないでしょうか

マナーは自分の中にあるもの。

そう思うことで、社会のあり方は変わっていきそうです。

まとめ:完全な解決は難しい。ちょっとはいい加減な社会を

私もいろいろと考えましたが、こういった細かい倫理観やマナーというのは個人の考え方も様々で、なかなか完全な解決はできないでしょう

仮に一つ一つを明確なルールをつくるということをしたとしても、それはそれで窮屈な社会となってしまいます

世の中にはいろいろな人がいて、たまに変な人がいるけど仕方がないよね。

そういって適当に笑って過ごせるような社会が、いちばん住みやすいのかな、と思います

ほいでは!


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