論理的な人生を、感情で変化させる


こんにちは、中山です

普段暮らしていると、明日死んでも公開がないように生きよう、今後の日本経済はどうなっていくかわからないから日本を出よう、などという将来の不確かさを強調するような場面に多く立ち会います

そういったことがある一方、投資の積立で資産を増やすことを促されたり、保険に入ることで人生のリクスを減らすことを進められたりと、ある程度の人生の将来とリスクをみこして計画的な人生設計を紹介される場面も多くあります

こういった、将来はわからないからそんなことは考えないで今を集中して生きようと考えることもでき、わからないからこそリスクに備えてできることはしておこうと言う考えもできるのが人生なのです

経済は、論理的でかつ曖昧

こういった人生の考え方ができてしまうことのひとつに、経済にこういった特性が強いことがあるからでしょう

経済学というのは時に曖昧で、時に非常に論理的です

明日の株価が上がるか下がるか、というのはどんなに有名な経済学者でもわかりませんし、現在の日本の経済状況がこのようにな状態であることは、さまざまな要因から非常に論理的に説明をすることができます

そして、全く相反することを言っていたとしても、理路整然としていればきちんと評価されてしまうというのが経済学なのです

人の人生はその人の経済状況で大きく左右されます

そういった考え方がある経済学をベースに人生設計をするため、人生の見通しがときに曖昧でときに論理的になってしまうことは仕方がないことのなのです

論理的で合理的な人生は楽しいのか

多くの経済本に書いてある、お金を貯める方法というのは非常に簡単です

収入を増やし、支出を減らし、そして貯蓄を投資に当てることでどんな人でも効率よく貯蓄をすることができます

収入を増やすことは、その人の職業によりますが、一生懸命に働くことです。

そして、支出を減らすには無駄遣いをしないことが一番です。

衣食住に関わること以外のお金の利用をできるだけ減らしたほうがいいでしょう

そして、残ったお金は貯蓄せず、分散させつつリスクの低い商品に投資をして増やしていくことで手堅く資産を増やしていくことが可能です

かといって、そうして生きる人生が果たして楽しいのでしょうか

想定されるリスクをできるだけ排除し、小さく小さく暮らしていくだけでは、自分の人生は内側に収まってしまいます

ときにリスクをとり、不確かなものにチャレンジするからこそ、人生は楽しく、ワクワクするものになるのです

お金を貯めたということは、そのぶんだけ使うチャンスを逃したということ

昨年一年間で、どの程度の貯金をしたでしょうか

計画通りに貯めたというひともいれば、ちょっと使いすぎてしまって思いの外の額だったという人もいるでしょう

しかし、そうして貯金をして使わなかったお金というのは、その一年でそれだけのお金を使うチャンスを逃していていたとも考えることができます

百万円のお金が溜まったという人は、その一年で百万円分のお金を使うことができたのに、そのチャンスを逃してしまったともいえるのです

お金はその場で保管できますが、時間は保管することはできずにそのぶんだけ歳をとっていきます

年齢をかさねていくなかで、その歳でのお金を使わずに老後に持ちこしてしまうということは、それだけでチャンスを逃しているということなのです

お金を使って楽しみをえれば、そのぶん自分の世界を広げることができたでしょう

そのお金で勉強をすることもできますし、健康のために何かができたかもしれません

そういった自分自身への投資のチャンスを逃してしまっていることでもあるのです

関連記事:何をするのが自己投資なのか

なにも考えないということは楽しくて、そして時に後につながる

好きな食べ物を思い切り食べるというのはとても楽しいものです

テレビゲームを一日中するというのも、楽しいことでしょう

一日中布団から出ずにスマートフォンを眺めたり、デレビを見るというのでもいいです

お酒やタバコを気が済むまで嗜むというのも、快楽があります

非常に生産性がなく、合理的に考えてなにも意味がないことでも、とても楽しいということが人生にはたくさんあります

また、その時は人生にとって意味がないことでも、熱中してやることで将来的にそのときにしていた経験が花開くということもあります

スティーブ・ジョブズは、学生時代になんとなく興味があったというだけでカリグラフィーを学んでいました

当時は何も目的はなくただ熱中していただけでしたが、その時の経験は後のマッキントッシュのフォントのデザインをつくる際に大いに役立っています

そうして熱中することが、後の人生で時間が経つことでつながることもあるのです

これは、結果論なのでその段階で予測することはできませんが、そうして熱中することがないとそういった後につながるような蓄積すら自分の中に残すことができません

将来のことを考えず、その瞬間にやりたいことをやるというのも、人生にとって大いに意味があることなのです

関連記事:将来への不安はないと、決めてしまう

ちょっとだけなにも人生

こうした先のことをあまり考えすに自分のやりたいことをする時間と、きちんと将来のことを考えて積み立てていく時間の比率が、すなわちその人の人生そのものになっていきます

きちんと将来のことを考えて暮らしてはいるけれど、ときにとても無駄なことをしてしまう。

その割合をどの程度にしていくのかで、その人の人生が

この割合を考える際に、パレートの法則というものがあります

会社などの組織では、全体の2割のメンバーが8割の利益を生産するという法則です

これは会社組織だけでなく、税金の徴収方法、プログラムの処理の時間速度など、様々な場所で当てはまると言われており、私は人生の曖昧さと論理性の比率にもちょうどいい分量なのかなと感じています

20パーセントだけ、ただいまが楽しいことだけを考える、そうすることで人生はちょっとだけ楽しくなるのではないでしょうか

まとめ:人間は動物の一種

いくら理性で抑え込んでも、人間が動物である以上はそういった理性の働かない感覚的な部分が人生の中に出てきます

ときにそういったことすら想定してコントロールをし、そして時には全くコントロールをせずにただ自分の感覚に従う

そういった経験が人生の殻を破り、全てが想定される論理的な人生を少しだけ買えてくれるのではないでしょうか

ほいでは!


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