なぜ、ほんの僅かなお金のために時間を無駄にするのか


こんにちは、中山です

先日のことです

私の持っているとあるクレジットカードの特典で、そのカードをお店で見せるとドーナツがもらえるというものがありました

ちょうどそのお店の前を通ることがあったのでドーナツをもらおうとすると、そこにはちょっとした列ができていました

どうやら、ドーナツをもらうためだけに来ているという人も多くいたようです

ドーナツと言っても、その店で一番安い100円程度のものがもらえるような特典です

自宅からそこまで来て、列に並んでドーナツをもらうというだけで小一時間はかかってしまうでしょう

ドーナツのために一時間を使ってしまうのは、私からするととても奇妙な光景に見えます

少額を稼いだり、節約をする方法は無数にあります

例えば、ちょっとネット上で検索をすれば、簡単なアンケートで報酬をもらうなど、少額であれば稼ぐ方法はいくらでもあります

特定のサイトを毎日訪れるだけで、一日10ポイント、などというようなサービスもあります

ポイントが現金に交換しやすいような仕組みであれば、こういったポイントを集めることも現金の収入とほぼ同意味でしょう

他にも、例えば特定のクレジットカードを使ったら、コンビニのお菓子が無料、なんてキャンペーンはあちこちで組まれていて、そちらを利用すればお菓子などが無料で手に入ります

きちんと調べて、こういったキャンペーンにマメに参加をしていれば、トータルである程度の額の商品が無料で手に入ります。こういった方法も、ある意味では節約でしょう

時間を無駄にしても、そういった節約をしてしまう

もちろん全て、とは言いませんが、そういったポイントを集めたり細かい特典のために行動をするのはあまり効率のいい方法とは言えません

仮にアルバイトをすれば、一時間で1000円ほどは稼げます

しかし、そういった少額の節約をするためにする労力は、そういったアルバイトと比べると遥かに効率が下がります 冒頭で話したドーナツの件のように、時間効果で考えると明らかにそんなのに、細かい節約や小金稼ぎをしてしまう。そういった思想は、特に日本人に強いように感じます

日本人は、搾取を実感したことがこれまでなかった

例えば私のバンコクに住むタイ人の知人は、学生でアルバイトをしていますがその時給は50バーツ(約150円)です

バンコクでは物価上昇が激しく、コーヒー1杯でも数百円することもあり、そういった僅かなアルバイト代では暮らしていくことができません

その知人も、親からの仕送りをもらっていて、アルバイトは本当にその補填という感覚でやっています

バンコクでは、アルバイトは本当にただのおこづかい稼ぎで、きちんと暮らしていくのできちんとした仕事につかなければならないのです

そのため、私のタイ人の知り合いは、求職中のときなど、空いている時間があるときでもアルバイトや短期の仕事を基本的にやりたがりません

アルバイトや短期労働は労働に対する対価として明らかに搾取されていて、効率の良い仕事ではなく、そこに時間を使うよりはきちんとした仕事をしてそこでお金をもらうほうがはるかに効率がいいことを知っているから、アルバイトをして時間を無駄にするなんてことをしないのです

これは、タイだけでなく、他のアジア圏でも多く見られる現象に思います

中国人の知人も、深センに行けば日雇いの仕事はいくらでもあるが言っても時間の無駄だ、とよく口にしていました

この感覚が日本人にとって希薄なのは、日本ではこれまで短期の仕事での報酬が高かったからでしょう

日本ではたとえアルバイトだけしていても、フリーターとしてとりあえずは暮らしていくことはできます

他のアジアの国々のように短期労働が給与が低くて生活ができず、ただ搾取されているという実感があまりなく、とりあえず働いてさえいれば暮らしていけるだけの報酬をもらえたのがこれまでの日本だったのです

そのため、とりあえず労働をしておけば何かしら自分の時間を有意義に使えている、と感じてしまいやすい環境ができていたのでしょう

とりあえず何かをしていれば大丈夫という思想から、時間の無駄は生まれる

冒頭で述べたような細かすぎる節約というのは、そういったとりあえず何かをしていれば大丈夫、という思想からきているのではないでしょうか

クーポンが手元にあるので、とりあえずドーナツの列に並んでおく、そういった何も考えずに行動に移しておけば大丈夫という思想は、これまで日本人が搾取の実感が薄く、言われたことをなにかしていれば大丈夫という思想が染み付いているからなのではないでしょうか

しかし、現在ではそういった労力に見合わないような報酬しかないような場面がいたるところにあります

例えば、アンケートサイトで回答をすると謝礼があるなんてものもありますが、報酬は全く労力に見合わないことがほとんどです。

実質的に、これは薄給でアンケート会社のために労働をしているようなものです

そういった状況が、現在の日本では定着しつつあります

自分がしていることの意味をよく考える

そういった時間の浪費の罠から離れるために、自分が何をしているのか、自分のしていることがどういった自分のメリットになるのかをこれからはよく考えなければなりません

ほんの僅かなポイントや節約のために自分の時間を大幅に費やすのは、ほとんど搾取されているのと同様です

学生の場合であれば、将来は定職に着き、ある程度の給料をもらえることがほぼ約束されています

そういった状況の中で、アルバイトばかりをしてしまうのもある意味では時間の無駄と同意義です

学生であることの最大のメリットは、時間が自由に使えることです

そういったまとまった時間が手に入ることは、その後サラリーマンとして働くようになってしまったらもう二度と手に入りません

そんなせっかくのまとまった時間に、ただアルバイトだけをしているというのは、ただなんとなく仕事をしてお金をもらっているだけでしかないのではないでしょうか

自分の時間の価値を設定する

もちろん、アルバイトや薄給の仕事が悪い、といっているのではありません

ただ、冒頭でも記したように、小銭稼ぎや節約がいくらでも簡単にできるようになってしまっこ時代だからこそ、自分のしていることが本当に生産的なことなのか、意味があることなのかをきちんと考える必要がある時代になったと感じています

そういった時間の無駄への対策として、有効なのは自分の時間の価値を明確に設定することでしょう

例えば、私は自分の時給はいくら、と設定しています

そのため、列に並んで数十分もかけて百円のドーナツをもらうということは明らかにそんなのでそういったことはしません

駅から目的地までの距離があり、歩いていると一時間もかかるような場所でも、タクシーで自分の時給に満たない値段で行けるのであれば迷わずタクシーを利用します

自分の時間は有限であり、価値があるものであると設定をすることで、そういった時間の無駄でしかない小銭の誘惑から、離れることができるのです

まとめ

私のような日々の節約を心がけるような暮らしをしていると、節約がエスカレートしてしまってそのために時間を無駄に費やしてしまいがちです

節約をして質素に生きることと、節約のために時間を無駄に使ってしまうということは多少意味が違っているのでは、と思いこちらの記事を書きました

ほいでは!


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