ベジタリアンは、今後も日本では広まらないけれど必要なのでは


こんにちは、中山です

こちらの記事でも紹介しましたが、私は過去に、数年ほどベジタリアンだったことがあります

現在ではやめてしまいましたが、今後、日本ではこの文化は広がっていくのかどうなのか注目しています

健康的なメリットがあるのかは疑問

過去の記事でも書きましたが、私の場合、ベジタリアンの食事にしてから、体調がそこまで良いとは思えませんでした。

朝の目覚めがいい、胃もたれがない、おなかいっぱい食べても苦しくならない。というベジタリアン食のメリットはありましたが、日々の活力が失われてしまうのが私にとって非常に問題でした

ベジタリアンになることで、良い言い方では心が穏やかに、悪い言い方では活力や欲望がなくなってしまい、仕事や遊びに熱中できずに部屋でゴロゴロしているだけで満足してしまうのは、若い男性としてあまり健全ではなかったと思います

私はもともと非常に健康体で、持病などもなかったのですが、ベジタリアンの生活をしていると若干貧血気味になることもありました

また、食べられるものが制限されるので友人との外食にも付き合うことができず、日々の食事にも色々と考えなければならず、ストレスを感じることも多くありました

医学的な専門知識がないので私の主観でしかいうことができませんが、ベジタリアンをやめた現在の方が私は健康的な暮らしができているように感じています

メリットも多くあります。特に、心持ちが大きく変わります

デメリットが多いような書き方をしてしまいましたが、ベジタリアンとして暮らすことでメリットもあります
何よりも、自分が何を食べているのかを気にかけるようになりました

普段、何気なく食べている食事でも、ベジタリアンになると食べることができないものというのは多くあります
ちょっとした炒め物でも肉が入っていると食べることができません
そういった日頃の些細な気遣いが積み重なって、日々の食べ物に対する意識がかなり高くなっていきます。おかげで、私は今でも何が入っているのかわからないような加工食品は食べませんし、お菓子類も食べません。体系もだらしなくならないように保てていますし、健康を損ねていることもありません

そういった意味では、ベジタリアン出会ったことは私の人生で非常に良いこととして働いています
長期でベジタリアンになることは個人的にはオススメしませんが、食べ物に対する意識を帰るという意味で、短期的にベジタリアンのライフスタイルにしてみるというのは、私は良いことかなと思っています

動物愛護という観念でベジタリアンになる人も多くいますが、私に関してはそちらの意識は恥ずかしながら低かったかもしれません

今後、当分の間は日本でベジタリアンが広まることはないでしょう

世界では、例えばインドやイギリスでベジタリアン食はポピュラーです

インドでは大抵のレストランではベジタリアンとノンベジタリアンでメニューが分かれており、厳しいところではベジタリアン専用の席が設けられていてそちらではベジタリアンメニューしか注文することができません
ベジタリアンの前で肉を食べること自体が失礼にあたるということで、そういった席を設けているようです。
スーパーマーケットでも、加工食品にはベジタリアンとノンベジタリアンとがわかる表記がつけられていて、ベジタリアンの食事というのは明確に区別されています

こういった食文化は、宗教の影響が強い場合が多いです。
また一部では経済的に野菜しか買うことができなかったり、肉を生産するよりも野菜を生産する方がカロリー効率が高く少しでも多くの人を養うためにベジタリアンが根付いているとも言われています
私もインドのベジタリアン文化に感化されてそういった食生活をしていましたが、インドではスパイスでの調理が一般的で野菜だけの料理でも濃い味付けになっていてあまり口寂しくありません。

食事の文化としてノンベジタリアンのメニューが完成されており、それだけ食べていてもあまり不満がないことがインドでのベジタリアンが広がっている一つの理由ではと私は感じています

また、もう一国インドと同じようにベジタリアンが定着しているのがイギリスです。
ロンドンではベジタリアン専門レストランが多く見かけ、スーパーマーケットでもベジタリアン専用の加工食品が売られています

イギリスではベジタリアンは一般的ですが多少特殊な立ち位置にあり、経済的にかなり余裕のある人か、もしくは少しエキセントリックな人が多いです
ロンドンの若者は、反抗期にはパンクかベジタリアンになると言われていて、ベジタリアンはある種ファッションのような感覚で取り入れられている部分もあります
こちらは、もともと植民地であったインドから流れてきたスピリチュアルな精神が強く影響しているようです

また、イギリスは日本よりも動物愛護の精神が強く、例えば犬も買うにもペットショップで購入することはなく、ブリーダーを直接訪れて、ブリーダーから犬を買うにふさわしいと認められないと飼うことは難しいです(厳密に法で決められているわけではなく、通例としてそのようになっています)

また、スーパーでは鶏卵はブロイラーと放し飼いで買われたケージフリーの卵がわけて売られていたり、ペットフードに対する法規制が厳しかったりと、日本に比べて動物愛護に対する意識がたかいことがあちこちで見受けられます

また、よく言われていることですが、イギリス人はあまり食べ物に気を使いません
たとえお金に余裕があっても美味しいものを食べるという意識はあまり高くなく、野菜に塩をかけて煮込んだだけというような食事を当たり前のように食べています
こういった食事をしているので、ベジタリアンになっても食事の不満というのはあまり感じないのではないでしょうか

こういった二国と比べると、日本はインドのように宗教的にベジタリアンの縛りがあるというわけでもなく、経済的に野菜食をしいられる必要性もなく、イギリスほど動物愛護の意識が高いわけでもないため、すぐには広まることはないでしょう

日本でベジタリアンが流行るとすれば、イギリスの若者のようにスピリチュアルの影響を受けてファッションのような感覚で広がっていくのかと思います
しかし、イギリスはもともとインドは植民地であり、植民地文化を受け入れることがカウンターカルチャーとして存在しています。インドが植民地でない日本には、そのような思想は直接根付くことはないでしょう

また、食事の味付けに関しても、その二国のようなベジタリアンをうけいれられるような日常食を食べているわけでもないので、日本食に慣れた日本人が受け入れるのはなかなか難しそうです

それでも、ベジタリアンが広まることで日本は世界と繋がっていく

上記のような理由から、ベジタリアンは日本では今後もひっそりと一定数だけの流行りのような形で存在し続けるでしょう

そんな風に、ささやかにいるだけならいっそのこと存在しない方が面倒が少なくて良いという考えもわかります
ベジタリアンを尊重するためのルールが今後できるとしたら、それは一般の人にとっては煩わしいものでしかありません

しかし、全くベジタリアンの知識がないまま、今後インド人やイギリス人のベジタリアンと関わっていくことができるでしょうか
ベジタリアンと一言で言っても、様々な宗派があり、それぞれに食べ物の制約が違い、簡単に説明できるものではありません
多少でも国内にそういった人たちがいて、ベジタリアンに対する知識があることで、今後の国際的な社会で他文化を理解する手助けになるのではないでしょうか

また、前述しましたが、加工食品でもベジタリアンとノンベジタリアンは明確にわけられています。
イスラム教のハラルのように、こちらの知識が国内にストックされていることで、今後のビジネスチャンスも増えてくるのではないでしょうか

ベジタリアン文化が根付くことで、日本食の中にもベジタリアンメニューが増えていくでしょう。
それにより、今後、関税の変化や不作などで特定の作物が高額になったり手に入りにくくなった場合も、対応できる食事が増えるのではないでしょうか

多様性が大事

日本は人口も多く、経済的にもまだまだ豊かな国です

そういった恵まれた環境にあるのですから、こういったマイノリティの文化でも否定せずに定着させていく方が長期的には役に立つのではないでしょうか

生物は,急な環境変化で絶滅しないように様々な種に枝分かれをし、多様性を広げてリスクに備えていると言います
日本文化も、こういった多様性を広げていくことで、今後のもし万一の時に耐えられる柔軟さを身につけられるのではないでしょうか

多様性を受け入れていく柔軟性、それがベジタリアン文化に対する向気合い方の中で試されているようにも感じます


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