微笑む国と笑わない国。スリランカ人の微笑みは愛想笑いとは別のもの


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です。

このたび、ロンドンへのフライトとの経由でスリランカのコロンボに1日だけ滞在しました。
滞在時間は短かったですが、いろいろと新鮮な驚きがありました。

スリランカの人は非常によく笑う

スリランカで何よりも印象的だったのが、スリランカ人の笑顔です。
顔の印象では、私が見る限りスリランカの方は非常にインド人に近い顔立ちをしています。
褐色の肌やはっきりとした目鼻立ちは、私はその二つの国の区別があまりつきません。しかし、インドと違いスリランカの人は目があっただけで微笑んでくれます。

インド人は愛想笑いはあまりしない

私はインドはこれまで四回ほど訪れていますが、インド人はどちらからというと愛想笑いをほとんどしません。
インドで買い物をすると大概の店主は無愛想にこちらを向いたままで、愛想よく笑いかけてくるということはありません。しかし、それは不親切だったり私に悪い印象を持っているというわけではないようです。
証拠に、商品について私が質問をすると、たいていの店主は丁寧に返事をしてくれます。

私が過去にインドでバイクを買おうとしたことがありますが、その店主は私が商品に関して質問をすると、無愛想に事細かく説明をしてくれ、なんなら数日間、そのバイクを試運転してもいいと言ってくれました。

彼らは愛想を振り向かないというよりは、笑顔がこうした交渉をスムーズにするのだということをわかっていないような印象です。

スリランカ人の笑顔も、愛想笑いとは違う笑顔

スリランカ人の笑顔も、インド人と同じように交渉をスムーズにするための笑顔とは違う種類のものです。
実際、私はスリランカで何度か買い物をしましたが、そのときに様子はインド人と似ていて、こちらの様子を伺いながら愛想笑いをするような店の主人はほとんどいません。
ひたすら無愛想に商品説明をしてくれる様子は、愛想笑いを有効な手段だと思っていない、インドの不器用な商人とほとんど同じでした。

そんな商談の時とは別の人のように、ただ目があうとすっと抜けるように笑ってくれる笑顔は、まさに微笑みといった感じで、相手とのコミニュニケーションをスムーズにしたいという意図を感じるものではなく、ただ自然とそこにあるような自然な笑みでした。

仏教の国独特の笑顔

この、目があうと自然と表情が緩むような笑顔は、私がタイやミャンマーで見たものと似た種類のものでした。
この笑顔の根底には、その三国に共通する、仏教国というのがあるのではないでしょうか。
仏教には、この世の全てを肯定して受け入れるという考え方があります。
この、愛想笑いとも違う、ただ目が合うと微笑むという習慣はそんな仏教思想から生まれてきたものなのではと感じました。


コロンボの寺院。
通りかかると、そこにいる人たちは私の目を見て微笑んでくれました。

まとめ

タイなどで広がっている上座仏教はスリランカを経由してミャンマーに入り、広がっていったのだそうです。
実際、スリランカの人の服装はミャンマー人と似たスカートのようなものを着ている人も多く、顔立ちもインド人と東南アジアとの中間のような人がおおい印象でした。
こうした、文化の境目にある国というのは見ていて面白く、仏教の伝場といった過去の出来事を感じ取ることができて興味深いです。


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