多様化していく世界の中で、取り残された日本の将来は明るい気がする


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です。

先日からヨーロッパに滞在しています。

イギリス、オランダと滞在しましたが、どちらも移民が多く住む国家で、日本とは異なる社会の仕組みは私の目には新鮮に映ります。

移民が増えて、世界は多様性がますます進んでいる

ロンドンを歩いていて印象的なのは、その人種の多様さです。
先日、訪れたアメリカもそうでしたが、こうした欧米の大都市はさまざまな民族が入り混じり、それぞれの文化を保ったまま暮らしています。

私はロンドンの東側に滞在していますが、少し歩くだけでスパイスの香るインド人街が続き、アラブ人が経営する商店も多くあります。

ロンドンの中心地にはチャイナタウンもあり、一つの街で様々な国を訪れたような感覚になります。

こういった変化はロンドンのような大都市だけでなく、近年はヨーロッパの地方都市にも広がっています。
先週まで滞在したオランダでは、アムステルダムのような大都市だけでなく地方の都市でも移民の姿は多く見ました。
ドイツでは、どの街に行っても中東からの移民であふれています。

私は10年ほど前からヨーロッパには何度も訪れていますが、やはりここ数年でその様子は一層変わったように思います。

中東レストランや雑貨店が並ぶヨーロッパの街並みは、私たちが想像する西洋とはちょっとちがう、異文化の混じり合う新しい世界の形として印象的です。

多様性はコストがかかる

例えば、先日私がオランダを訪れた時には、イスラム教のラマダンを行なっている時期でした。
オランダにはムスリムが多く、その時期はイスラム系の雑貨店の営業時間が不規則になったり、バスの本数が減っていました。

オランダに住む知人も職場の同僚が食事をしないので能率が下がっていると言っていました。
空腹からストレスが溜まるのか、犯罪率も上がるようで、ラマダン中は外出は気をつけたほうがいいという助言も再々受けました。

もちろん、ラマダンの文化自体が悪いというわけではありませんが、こういった異文化が他の文化の中に入り込むといろいろな不具合が出てきます。

言葉の問題もあります。
オランダでは、オランダ語を話せない人が多く住んでいて、その多くは英語を話します。
しかし、完璧な英語を話せる人もそこまで多くはなく、私はオランダに滞在している間、意思の疎通ができているのかできていないのかよくわからない会話をするという状況を何度も経験してました。
言葉が通じない状態での交渉というのは、常に不安になります。
ここに住んでいるオランダ人は私以上にその不安を感じていることでしょう。

治安面でも、移民はどうしても経済的に困っている人が多く、犯罪を犯してしまう確率も上がるでしょう。

この他にも税制や社会保障やセーフティネットの設定など、社会的な問題は数多くあるでしょう。
イギリスのEU離脱やトランプ大統領の当選なども、こうした移民による社会構造の変化により、移民に同等の社会保障を出すことに納得のできないもともと住んでいた人々の不満が溜まっていたことを象徴する出来事です。

近い将来、スーパーで働く移民はどうなるのか

しかし、そういった移民が付いている仕事の大半は、レストランの経営や雑貨店の店主、タクシーの運転手や掃除夫という場合がほとんどです。
もちろん、イギリスのようにインド人が医者のような高い地位の仕事に就いている場合もありますが、大半はそういったあまり熟練を必要としない仕事です。

異文化の中に飛び込んで働くということで、あまり高度な仕事ができないことは仕方がないことですが、そんな彼らの仕事は今後も存在し続けるのでしょうか。

例えば、ヨーロッパのスーパーマーケットではほとんどで自動レジを採用しています。

こういった、購入者が自分でバーコードを読み取り、料金を支払う仕組みです。
日本でもたまにみることがありますが、このような自動レジの普及率はヨーロッパは非常に高くなっています。

これに限らず、そう遠くない将来、自動車の運転や掃除などが自動化される社会が来た時にこういった移民はどうなるのでしょうか。

ヨーロッパに多く滞在する彼らの強みはその安い労働力です。
ヨーロッパにおける雑務の大半はそんな移民が今はこなしていますが、将来は技術の進歩により機械が大半をこなすようになるでしょう。
そうした場合に、彼らに社会の中に居場所はあるのでしょうか。

近い将来、移民の問題はさらに深刻になっていくのではとヨーロッパの街をいくつか見ていて感じます。

多様性にとり残られた日本にこそ、明るい未来があるのでは

そんな世界が変わりゆく中で、今の日本の社会は非常に閉鎖的です。

ヨーロッパやアメリカのように、日本にはアラブ人街やアフリカ人が住むような地域はほとんど見られず、多様性の少ない古くからの日本人ばかりが住む社会が続いています。
他の先進国に比べて、この様子はひどく閉鎖的に感じます。

日本では英語を話す人も少なく、外国人が暮らすのであれば日本語の習得は必須です。

確かに街に出れば外国人の店員はよく見かけますが、彼らは研修生としてきているだけで、近い将来母国に帰らなければなりません。
ヨーロッパのように、中東の難民を受け入れているということもありません。こう言った状況は移民にとって暮らしにくく、他の先進国に比べて移民への理解がひどく遅れているように感じます。

しかし、近い将来、このように閉鎖的な姿勢を貫いてきた日本こそが、自動化が進んだ明るい社会に続いているのではないでしょうか。

スーパーの自動レジに代表されるように、細かい雑務を全て機械がやってくれるようになれば、安い労働力である移民の存在は日本には必要でなくなります。

日本のように単一民族、単一言語、単一文化の社会は対立する場面が少なく、治安面でも社会構造を作る上でも、多様性のある社会に比べてシンプルで無理の少ない社会が構築できるのではないでしょうか。

単純作業を全て機械に任せた、社会的にシンプルな国、日本。
少子化によって起こる様々な問題は、ちょうど良いタイミングで進歩してきた技術が補ってくれます。
そういった他の国と違うこの国の将来像が、移民の多い他の先進国と我が国の違いから想像することができます。

そう言った社会は、ドメスティックではありますが、決して暗いものではないのではないでしょうか。

まとめ

他の先進国と比べてあまりにも移民に関しての考えが違う日本の将来を楽観的に予想してみました。

もちろん、先進国の一つとして難民を受け入れることは国際社会の責任かもしれません。
しかし、現実としてほとんど難民を受け入れておらず、移民の数も絞っている日本にはこのような未来像もあるのではないでしょうか。


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする