正直者がバカをみるのが自由の証


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です。

先日、アメリカに滞在していました。
アメリカは人種も文化も非常に多様性のある社会で、そこでの暮らしは日本とはかなり違っていました。

エアビーアンドビーの清掃料金は、多様性に対応して高額に

私はアメリカ滞在中、エアビーアンドビーを何度か使ってみました。

エアビーアンドビーは滞在時に部屋の宿泊料金だけでなく、清掃料金も支払わなければなりません。
これまで、私はいろいろな国でエアビーアンドビーを使いましたが、アメリカでは部屋の清掃料が異様に高く設定されていることに気づきます。
例えば、日本やヨーロッパで使うと安いシングルルームでの清掃料は10ドルもしないのが普通ですが、アメリカでは小さな部屋でも20ドル以上がかかることはザラです。

なぜここまで高いのだろうとホストに尋ねて見見たところ、帰ってきた答えはシンプルで、「どれぐらい汚されるのか、わからないから。」とのことでした。
これまでに、部屋中だ泥だらけになる程汚されたり、浴室を泡だらけにされたことがあったので、部屋中がどんなに汚されていても対応できるよう、清掃料金を高めに設定しているとのことでした。
他民族で多文化であるアメリカでは、部屋のルールにどうしても幅をもたせたり、融通が利くように設定をしなければなりません。
他の文化、民族について完全に理解しきれないことが当たり前であるアメリカでの暮らしにとって、このようにルールの”遊び”のような部分は他の民族を理解するために必要なことです。

正直、これは私にとってはあまり都合の良いことではありません。私は部屋をほとんど汚していませんし、部屋を出る時にはきちんと掃除もしてゴミも片付けています。
私が使った部屋の清掃はほとんど手間がかかっていないでしょう。他国とも比べて高額な清掃料金を支払っているのは、私にとってはあまり都合がよくはありません。

テレフォンオペレーターの友人の話

私の知人のフィリピン人が、アメリカのテレフォンオベレーターとして働いていました。
人件費の安いフィリピン人はアメリカではテレフォンオペレーターとして多く働いています。(中には、フィリピン本国から国際電話で直接アメリカ本土のサポートをしている人もいます。)とてもメジャーな仕事ですが、こちらはとてもストレスのかかる仕事として知られています。

アメリカて受けるクレームは、理不尽なものが多いのだそうです。
買った自転車を運転していたら事故に遭ってしまった。運転しにくい自転車を製造しているメーカーが悪いのだから、責任をとってほしい。
買った服が、今の気候に合っていなくて、全身に湿疹ができてしまった。治療費を保証してほしい。
そんな理不尽なクレームを一つ一つ対応していかなければならず、論理的な会話ができない場合が多いのがとても負担なのだとのことでした。

理不尽を受け入れるためのコストをみんなが支払っている

清掃料の件もクレームの件も、理不尽な状況のために多量のコストをかけていることがわかります。

そして、こういったコストを支払っているのは利用者です。高額な清掃料は理不尽な状態を織り込まれたコストとして、そして多く雇われるテレフォンオペレーターの人件費は商品の価格に上乗せされています。

ごく一部の者が起こすトラブルを対処するために、多様のコストをみんなで負担している。
このような状況は、あまり好ましいことではないように思います。
しかし、多様性を尊重するアメリカでは、仕方のないコストとして発生しています。
一見、マナーを守って部屋を使い、クレームを入れずに真面目に暮らしているのがバカバカしくなってしまいそうです。

多様性のない日本は簡単に暮らせるが不自由

アメリカに比べて、この点では非常に日本は恵まれています。
基本的に日本には文化的民族的な多様性はそこまで多くはありません。
基本的に日本に住むのはほとんどが日本人で、同じ文化を共有しています。

昔、東ヨーロッパの国に滞在したところ、現地の人に日本は日本人しかいないからいいと言われたことがあります。
東ヨーロッパの国はソ連崩壊からの政治思想の問題がまだ解決しきれておらず、アジアとヨーロッパの境目ということで宗教問題も抱えています。
多くの民族も混じり合い、言葉も通じないことがあるので、常にトラブルを抱えている国にとって、日本はかなり恵まれている社会に見えたようです。

しかし、こちらの記事でも書きましたが、日本のように多様性のない文化はつまるところ、自由の少ない社会です。
クラス上での選択肢が少なく、皆が同じような価値観、考えを共有してしまっていることで、暮らし全体が窮屈になってしまっています。

日本の社会は、比較的シンプルにできていて暮らしやすいように感じますが、こういった視点の元では窮屈で選択肢のないもののように見えます。

正直者がバカを見るほど、社会は自由になっていく

アメリカのような、多様性を肯定していく社会は正直者がバカを見る社会です。
理不尽な要求をせずに真っ当に暮らしている人でも理不尽な要求に対応できる社会をつくるためのコストを支払わなければならず、真面目に生きている方が損をしているような状況です。

しかし、こういった負担によって社会は多様性を持ち、暮らしの中に選択肢が増えて自由になっていると言えます。

まとめ、国を選べば世界は多様性に満ちている

私は、決して単純に、アメリカが良くて日本が悪い,と言いたいわけではありません。
日本の社会はシンプルにできていて、アメリカは多様性がある。この比較だけでも、日本とアメリカの間に差ができています。

今の時代、他の国でも働くのは簡単です。
日本での暮らしが嫌になればアメリカで働けばいいだけです。どちらの国にも個性があり、それを選べる立場にあるというだけで、私たちは自由なのではないでしょうか。

国によってそれぞれ個性があり、そこを選ぶ中に自由があるのでは、そんなことを思いました。

ほいでは!


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