日本は、劣等感を成長の糧にするフェーズから抜け出すところに来た


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です。

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先日、こう言った記事が話題になり、私のツイッターアカウント@shogo_nakayama でも、こちらの記事に関するツイートが多くリツイートしてもらいました。

こちらの記事に対して、私は自分の意見に反して日本も中国のようにもっと頑張らなければならないという意見が多く出るのかなと思っていたのですが、実際はそうではないようです。
タイムラインを見ても、中国への批判的な発言が多くでてくるばかりで、日本もこうなるべき日本も早く追いつかなければという意見はあまり見つかりませんでした。

日本は、海外に劣等感を持って成長して来た

ご存知のように、日本は昔から海外に劣等感があり、それに見習い追いつこうという姿勢でこれまでの歴史を重ねて来ました。

はるか昔には中国に使節団を送り、当時の先進国であった中国大陸から様々な文化を学んで来ます。
近代でも、明治維新を大きな区切りとして西洋化に大きく舵をきり、政治や社会構造の基本をヨーロッパから学んで来ました。
戦後も、経済や文化の憧れはアメリカにありました。アメリカの文化に追いつけ追い越せと経済成長を重ねて来て、一時は世界第二位の経済大国にまで成長しました。

日本にとって、成長の糧は常に他国への憧れや劣等感であり、目標とする国の文化を真似し、追いつこうとしてここまでの歴史を積み重ねて来ました。

しかし、最近は変わりつつある

今回、冒頭に紹介した記事は中国のキャッシュレス化、物価の高騰を扱ったものです。
前述したように、こちらの記事に関するコメントではこの中国の現状に関して、憧れや劣等感を抱くような発言は少なく、どちらかというと中国社会の歪みに対する批判のようなものが多くなっていました。
中国の状況がどのようにしろ、このようなキャッシュレスが浸透した社会を日本は目指すべきです。

他の先進国と比べても日本のクレジットカード払いの普及率は遅れています。
このようにお隣の国である中国が世界でもトップクラスにキャッシュレスで進んでいるのであれば、見習おう、我々も追いつこうと思うのがこれまでの日本の成長の定石です。
しかし、前述のように最近の日本では、他国は他国、自国は自国と言って他国を見習うことをあまりしなくなりました。

今回の件が中国だから、というわけではありません。
最近のテレビに良くある日本礼賛番組しかり、海外への留学生の数の低下しかり、日本全体が他国よりも自国に関心を持つようになっています。

こうして海外に対しての劣等感、憧れがうすくなり、海外に関心がなくなっているのは、これまでの日本の成長の定石からは外れてしまっています。

冒頭の件でも、このまま日本が中国に劣等感を感じなければ、日本のクレジットカードの普及はいつまでも遅れたままになってしまうかもしれません。
そうなると、世界での日本での存在感は、さらに弱くなってしまいます。

確かに、憧れてばかりの頃は悪い面もあった

例えば、現代でも東京のレストランを見るとフレンチやイタリアンの非常に高品質な店が多くあり、ミシュランの三ツ星レストランの数は現地であるフランスやイタリアンよりも多くあります。しかし日本人の多くは、本場のイタリアンやフレンチの方が美味しいと思っています。

日本の雑誌も同じように、日本の雑誌の方がヨーロッパの雑誌よりもはるかにファッションの幅が広く、質の良い服が載せてありますが、モデルの大半は未だに外国人です。

かつての日本人は、なんとなく欧米の人の方が優っていて自分たちは劣っているというコンプレックスから現地のものよりも良いものを作って来ました。
しかし、その反動からか、未だに欧米の方が洗練されていてかっこいいという幻想を持ち続け、自分たちはダサいと無意識のレベルで感じています。

欧米を追いかける社会を作るために、日本の労働環境は過酷にならざるを得ませんでした。
サラリーマンになり、家族を持って一戸建てを持つというのもアメリカから入って来た価値観です。
そう言った外部から入って来たものは呪縛となってこれまで日本人を縛ってきました。

こういった、これまでの劣等感からくる成長の反動のような憧れの感情はこうして社会のコンプレックスとなって存在しています。
こうした、日本が長年抱き続けていた僻み根性のような性格は、こうした海外に対する憧れが弱まるに連れて薄まっていくでしょう。
これは、近年の日本の社会の変化の中で良いことだと思います。

欲望の少ない若者は、手本がなくなってしまったから

俗にいう草食系男子という程欲望の若者も、こうした劣等感からきた反動なのではないでしょうか。
目指すものがなくなり、どうしたら良いのかわからなくなってしまっている人たちがそのようになっているように感じます。

お手本がなくなり、手本とされる段階に来ている

こうして、他の国への関心が薄まることで、日本は他の国を追いかけよう。
追い越そうといういう気持ちが弱くなっていくでしょう。
それにより、これまでのような欧米を追いかける成長や発展は期待できなくなるのかもしれません。
そんな社会で、これからの社会はどうなっていくのでしょか。

海外へのコンプレックス、劣等感からくる呪縛は、もうじきに溶けそうです。
こうした精神的な負担は、数字になり目にわかるものではないからこそ、実感は湧きづらいですが確かに存在しています。

これから、私は日本の成長のモチベーションは劣等感ではなく、新たなフェーズに入っていくかと思います。どの国からも影響を受けない、独自の国へとなっていくでしょう。

これまでのようなお手本をなぞるのではなく、これからは日本がアジアを中心とした外国からの手本となります。
手本となるために、よい国をつくる。それが、日本の今後の社会を発展させるモチベーションとなるでしょう。

その、日本人の精神の大きな過渡期をこうした中国の技術の進歩に対する日本人の反応から感じました。

ほいでは!


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