日本はすべて想定内、だから窮屈になる


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です。

先日まで、アメリカのロサンゼルスに滞在していました。
アメリカの日常はなかなか刺激的で、日本では得られない経験が多くありました。

世界では、想定外のことがしょっちゅう起こっている

こちらの記事でも書きましたが、ロサンゼルスでは変な人に本当に多く遭遇します。
私が大きな荷物を抱えていると、バスの運転手が、そんな大きな荷物を運べるならレスラーになったらどうだい、とジョークを飛ばしてきたり、なかなか日本では考えられない人との交流があります。

アメリカに限らず、思いも寄らないことというのは諸外国で多く見られます。
見知らぬ他人と接するということだけでなく、交通機関が時間通りに動かなかったり、天候に寄って開いているはずの場所が閉まっていたり。
思いもよらないことが起こるのは、想定外のことです。

私も、ほとんど予定を立てずに今回のアメリカでの滞在をしていましたが、現地のゲストハウスで出会ったアメリカ人たちと多くの交流を持つことができ、毎日予定がびっしりと入った滞在をすることが出来ました。
こんなことは、日本にいてアメリカ滞在の計画を立てていた頃には全く考えていなかったことです。

日本は想定外のことが起こらない前提で全てが進んでいる

日本では、そのような想定外のことはほとんど起こりません。
道端で知らない人と出会ってそのまま飲みに行くなんてことはまずありませんし、交通機関も分刻みで時間通りに動いています。

今日も、私は朝、出かけるときに電車の時間を調べて、発車時間のほんの数分前に駅に着き、予定通りの電車に乗りました。
余裕の一切ないギリギリのスケジュールですが、これで電車を乗り過ごしたことは一度もなく、遅刻もありません。

電車の中でも見知らぬ人から話しかけられたりすることもありませんので、ゆっくりと読書をして目的地まで向かいます。

全てが想定内だと、窮屈になる

アメリカから日本に帰ってきたときにはこうした時間通りにくる電車や静かな車内のありがたみを感じていましたが、こうして全てがキチンとしすぎていると逆にうまくいかなかったときにイライラしてしまう自分がいることに気づきます。

電車が少し遅れても、アメリカのように気楽にベンチでゆっくりと本を読んでいようなんて考えたりせず、たとえ1分の遅れでも自分の予定が大きく狂ってしまうような気がしてイライラとしてしまいます。
駅でチケットを買う人が時間がかかっていても、なぜこの人はこんな簡単なことができないのかと気になってしかたがありません。

電車の中で、見知らぬ人に話しかけられたら、こんな人と関わって自分の時間を失ってはいけない、とできるだけ無視をします。

目的地までの手段も時間もはっきりとしすぎてしまっているので、少しでもそれを狂わせたくないがために、目の前で起こっていることが全てトラブルになってしまいます。

想定外のことを受け入れると人生は豊かになる

例えば、電車が遅れたらそのぶん駅のプラットフォームでゆっくりと考え事ができる、と思えばいいことです。
チケットの買い方がわからない人がいたら、助けてあげればいいことをして自分の気持ちもよくなります。
見知らぬ人から話しかけられたら、少し話して見たら面白いかもしれません。

予定を立ててしまうと、こんなささやかな出来事も全て予定を狂わせるトラブルでしかありません。
そういった、全てを想定したりせずに、すこしでもゆとりのある暮らし方ができればいいなと思うのですが、日本のようにいろいろなものがきっちりとしている社会では、こういった遊びが入り込む隙間はなかなか難しいのかなとアメリカから帰ってきて感じました。

ほいでは!


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