ブリュッセルで出会った、ヌーディストは老後を幸せそうに暮らしていました


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です

こちらの記事でも紹介しましたが、私はこれまでカウチサーフィンでさまざまな国の家にステイして来ました。

その中でも、ベルギー、ブリュッセルのホストととの出会いは印象的でした。

ホストはゲイのヌーディスト

わたしがベルギーでカウチサーフィンのホストを探していた時に、ブリュッセルで一番ゲストからのレビューが多かったのが、その彼でした。
ブロフィールを読んでみると、自分はゲイでヌーディストである、自分のところに泊まるのであればヌーディストのライフスタイルを一緒にしてほしい。
という注意書きがありました。
その注意書き以外の彼のブロフィールはいたって真面目で、趣味や自分の考え方を書いた欄からは、品の良い老年の男性の印象が漂っていました。

私は興味本位で、自分はゲイではないので性的なパートナーを探しているわけではないが、ヌーディストの暮らしは楽しそうなので泊めてくれないか、と彼にメッセージを送りました。
すると彼からはすぐに泊まっていけという返事が返って来ました。

ヌーディストの暮らし

ブリュッセルで私を迎えてくれた彼はブロフィールの印象通りの紳士で、彼のマンションの前で温かい笑顔とともに私を迎え入れてくれました。

彼の家はブリュッセルの中心地にもかかわらず家には部屋が三つほどあり、部屋のインテリアも凝ったものが置かれていました。
仕事の企業の専属の運転手だそうで、週に五日働いているとのことでした。

「さあ、じゃあ服を脱ごうか。」
部屋に入った彼はすぐにそう言い、来ていたジャケットとスラックスを脱ぎ始めました。
出会ったばかりの男性が目の前で服を脱ぎ始めるのは異様な光景でしたが、私だけが服を着ているのもおかしいと思い、私も一緒に服を脱ぎました。
彼の穏やかな気性から、私は彼の前で裸になることに性的な恐怖を抱くことはありませんでした。

お互いに裸になると、彼は非常に満足した様子で、私の服を片付けてから食事の準備を始めました。

彼の生活は裸であるということ以外はいたって普通で、非常に清潔な部屋で私たちは一緒に食事をし、ワインを飲み、そして別のベッドで眠りました。

ヨーロッパには、ヌーディストが多い

もちろん地域や個人の考えによりますが、私の体験上ヨーロッパの人々は性的なことに非常におおらかで、ヌーディストの方も多くいます。(実際、彼との出会いい以降も私は何度かヌーディストのホストの家に泊まっています。)
ドイツを中心に広まった文化のようですが、ドイツだけでなく、その周辺国であるスイス、フランス、そして気候が暖かくてヌーディストにも心地の良いスペインで私はヌーディストと出会ったことがあります。

彼らはゲイやバイセクシャルである場合が多く、性的に非常におおらかでコミュニケーションの一つの方法として肉体関係を持つことも珍しくありません。

日本に比べて性的な考えにタブーが少なく、性に関して選択肢を多く持っています。

彼は離婚によってゲイになったようです。

私は彼の家で、壁に飾ってある、一つの写真を見つけました。
その中には、若い彼とその一緒に写っている彼の家族らしい人たちの姿があります。
数十年は若いその彼の姿の隣には、その妻らしい人の姿もありました。
「君はゲイなのに奥さんがいたの?」
言葉を選びながら、私はそう彼に聞いてみました。
すると彼は昔を懐かしむような表情で、つい十年ほど前に妻とは死別してしまったんだ、病気だった、と静かに私に話してくれました。

十年ほど前に妻を失い、子供が十分に自立した彼は、家で一人ぼっちになってしまったそうです。
年をとって今更友人と頻繁に遊ぶということもないので休日はやることがない。
毎日退屈で、寂しくて仕方がない。そんな生活を続けるうちに、彼はほんの些細なきっかけからゲイの世界に入ったのだそうです。
ゲイというのは生まれつきというのが大半で、ヨーロッパでも彼のように孤独からゲイになるパターンは少数です。しかし、彼はその選択に間違いはなく、今では友人や性的なパートナーもでき、孤独を感じることなく楽しく暮らしていると言っていました。

彼の写真のアルバムをみると、ゲイの集まりで撮られた写真がいくつもあります。それは特に下品なものではなく、一緒に食事をしたりハイキングに出かけたりという健康的なものばかりでした。

他にも、性的なパートナーだという男性の写真を見せてくれたり、これまでにパートナーとなった男性の写真を見せてくれました。
ゲイの世界での人間関係はカラリと乾いたものが多く、面倒なトラブルが生まれることは少ないのだそうです。

タブーを持たないことが大事

別にゲイになることで人生が楽しくなるというわけじゃない、ただ、人生でタブーを作らないことが大事なんだ。彼は私の前でしきりに言いました。
タブーとは、世界を狭めるだけなんだ。狭い世界では楽しくないだろう、広い世界を生きなくちゃ。
そんなことを言う裸の彼の表情は、捉えどころのない雲のように穏やかでした。

まとめ

彼のような暮らしは極めて特殊かもしれません。
しかし、人生の選択肢を広げると言う意味で、タブーを持たないのは非常に重要です。

日本でも、例えば私の祖母は祖父を亡くしてからは塞ぎ込んでしまうことがありました。
老人になると他者との交流が少なくなり、徐々に狭い世界に住むようになってしまうことがままあります。
私たちが当たり前に感じていること、タブーだと思っていることを取り払うことでそんなコミュニケーションの停滞をなくすことができるのかもしれない。
そんなことを彼の家の滞在で感じました。

ほいでは!


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