三年間続けてきたベジタリアンの生活をやめることにしました


こんにちは、中山です

私ごとですが、実はベジタリアンだったのですが、先日のヨーロッパ旅行を境にやめることにしました。
その経緯をお話しいたします。

関連記事:日本でベジタリアン文化が一般化することでのメリット、デメリット

ベジタリアンになったきっかけ

私がベジタリアンになったきっかけは、三年前のインド旅行です。
こちらの記事でも紹介しましたが、私はその時にヴィパッサナーと呼ばれる瞑想を体験するために10日間ほどインドのブッダガヤという街で道場に入っていました。

そこでの食事は、完全なベジタリアン食です。


野菜のカレーが中心で、動物性のタンパク質は一切出てきません。ミルクもでませんので、そこで摂ることのできるタンパク源は大豆でした。
一見大変そうですが、本場のインド料理はスパイスが効いていてとても美味しく、特に不満もなくそこでの生活を終えました。
ダルと呼ばれる豆の入ったカレーを毎日食べることでタンパク質を摂ることができるので、栄養面で問題はありません。

そこから出ると、体がベジタリアン食に適応してしまったのか、食事に肉が入っていると抵抗を感じるようになります。


道場を出てからチキンカレーを食堂で頼んだのですが、チキンの肉っぽい質感に気持ち悪くなってしまい、食べることができませんでした。
舌は美味しいと感じるのですが、感覚がうけつけないような状況で、それまでに感じたことのない不思議なものでした。

それから、私は肉を避けるということはなかったのですが、積極的に肉を食べることを控えるようになりました。

動物を殺すのがかわいそう、というような理由でベジタリアンになる方も多いですが、私の場合はどちらかというとこのような体験から自然と自分の体質が変わったためにこのような食生活になりました。

ベジタリアンになってのメリット

ベジタリアンになったばかりの頃は、自分の体質がどんどん変わっていくのをはっきりと感じました。
医学的なことはわかりませんが、私の体感では以下のようなことがおこりました。

まず、朝の目覚めがとても気持ちよくなります。


起きた瞬間に眠気が一気に引いていき、すぐに起きることができます。頭が重いということもあまりありません。

次に、肌が綺麗になります。


繊維質を食べることが多いからなのか、肌荒れもなく、油っぽくなることもありません。

実年齢より5歳ぐらい若く見られるようなことは当たり前で、毛穴も目立ちにくくなりました。

体臭も減ります。


これは、まず自分がトイレに行った時にはっきりとわかります。自分の排泄物からニオイがほとんどしなくなります。便通もかなりよくなりました。
頭皮などの皮脂の量もかなり減りました。

落ち着いた、静かなことが好きになります。


精神面でも変化を感じました。物事をゆっくりと落ち着いて捉えることができるようになり、騒がしいことが嫌いになります。

性欲も減ります。


こちらも、悪い意味ではなく、落ち着いた精神で異性と関わることができるようになります。
もちろん、異性と話したり遊んだりすることは楽しいのですが、無理をすることがなくなります。
同様に物欲も少なくなり、欲望に振り回されることが少なくなります。

このようなことが私は自分の変化として感じました。
たまに肉を食べると、これらのことが少し元に戻ります。
そのため、肉を食べて元どおりになってしますのが嫌なので、肉は極力食べなくなります。

どんなものを食べていたのか

ベジタリアンにも、いろいろな種類があります。


フルータリアンと呼ばれる、木の実しか食べないタイプ、ビーガンと呼ばれる動物性のものは一切食べないタイプ、魚は食べるけれど哺乳類の肉は食べないタイプ、鶏肉は食べるなんて人もベジタリアンの一種です。

私の場合は、卵とチーズは動物性タンパク質として食べていました


しかし、それだけではタンパク質が足りないので、毎日かならず豆腐と納豆は食べるようにしていました。
ベジタリアンは大抵タンパク質が不足します。そのため、大豆は非常に重要な栄養源です。

友人の前では、自分がベジタリアンであることは極力言わないようにしていました。


変な目で見られる可能性もありますし、特殊な宗教を信仰しているなんて思われてしまっても嫌だなと思ったからです。それに、食事で気を使わせてしまうのが申し訳ないというのもありました。


本当に親しい友人には自分がベジタリアンであることは伝えますので、食事は私が食べられる場所を選んでもらいます。


しかし、そこまで親しくない知人との食事では、極力肉は頼まないようにしていましたが、多少の肉は口にしていました。
私の場合、絶対に食べてはいけない、という強い心情でベジタリアンになったわけではなく、その方が楽だからという理由ですので、融通は効かしていました。

世界でのベジタリアンのライフスタイル

私が世界各国を旅行した際にも、ベジタリアンの食生活はいろいろな国にありました。

私が見た限り代表的な国は、インド、イギリス、アメリカです。

インドでは、ベジタリアンレストランは街のいたるところにあり、その前では肉料理は食べるどころか持ち歩くこともできません。


頭にターバンを巻くことで有名なシーク教などは殺生を禁じていますので、絶対に肉を食べることができませんので、ベジタリアンレストランに行くことになります。


インドのような他宗教の国では、他の宗教を尊重することが大切です。
ベジタリアンもかなり尊重された食事スタイルになっていて、市民権を得ています。

イギリスでは、特にロンドンを中心にベジタリアンのレストランが多いです。
こちらは、宗教というよりも社会に対する主張に近い印象です。
一昔前までは、ロンドンのパンクスはリストカットをしてベジタリアンにならないと本物でないと言われていました。
過去にBSEが流行ったというのも理由の一つかもしれません。家畜を殺し、肉にして食べるというこれまでつくってきた社会の仕組みに対して疑問を持った若者がベジタリアンになっている印象です。


ロンドンでは、少し前までケミカルのドラッグも非常に流行していました。
ケミカルドラッグと油っぽい食事の相性が悪いので、野菜中心の食事をするというパンクな人も多いようです。

アメリカでは、ニューヨークを中心に東海岸でベジタリアンの人によく会いました。


お金持ちの、健康に気を使う人がやっている印象です。セントラルパークを走るような人は、高カロリーの肉料理を食べません。
ロサンゼルスルような西海岸では数は少ないですか、経済的に余裕のある人は野菜中心の食事をしています。
高カロリーな食事が安いアメリカでは、ベジタリアンは健康な食事にお金を支えるよという意味で、お金持ちのステータスの一つのようにも感じました。

他にも、中国でも雲南省などで大乗仏教の影響のあるベジタリアンの食事をだす食堂を多く見ました。
木の皮をつかった料理など、他の国では見たことのない調理法があり、興味深いです。

ベジタリアンの弊害

ながいあいだそんな食事を続けていると、やはり悪いことも出てきます。

外での食事がほとんどできない


日本ではベジタリアン向けのレストランはほとんどありません。特に、安い食事となると高カロリーの肉料理が多くなるので、外で食事をするのに非常に困ります。
一時期は、うどんとそばしか外で食べていないこともありました。

食べれるものが限られているので、食事の楽しみが減る


何を食べたいかではなく、何が食べれるかで食事を選ぶことになってしまいます。自炊のメニューを工夫しても、肉がある頃にくらべて料理のバリエーションはかなり減ってしまいました。

食事について考える時間が増える


こ食べれないものがある中でどれだけの工夫をするかばかりを考えてしまいます。
ベジタリアンの中には、野菜だけでどれだけ肉料理のようなメニューをつくれるかという工夫をする人がいますが、あまり生産的な時間の使い方ではないように感じました。   

活力が減る


私にとってはこちらがなによりの問題でした。
いい言い方をすると無駄なエネルギーがなくなり、精神的に落ち着いてくるのですが、それが行き過ぎると元気が全くなくなってしまいます。
体力が落ちる、というよりは気力が落ちるという感じで、新しいものに挑戦したりする気持ちが減ってきて、ひとつのことに粘り強く取り組むということもできなくなってきます。
老後に静かに暮らすのであればそれでも良いでしょうが、生活を立てなければならない私としては、そのような状態になってしまうのは困りました。

かといってなかなかやめられないのがベジタリアン

上記のような弊害はベジタリアンになってすぐに感じたのですが、かといってベジタリアンを止めようとはなかなか思えませんでした。
メリットがたくさんありますし、毎日野菜だけを食べる生活というのは、コツコツ積み上げた努力の結晶のようなものです。そんな大切なものを手放す、というのはなかなかできません。

また、瞑想道場を出た時の私がそうでしたが、ベジタリアンを続けている時に肉を食べると、体が濁ってしまったような感覚になります。
こちらは、急に食生活を変えたことにるものかと思いますが、その感覚が非常に嫌で、肉食に戻りたくなくなります。

同じことを続けていると、そこから抜け出したくなくなる。
それはある種の洗脳の一種なのかもしれませんが、私はなかなかベジタリアンの食生活を止めようと思えませんでした。

そんなわけで、取りあえずやめてみました。

今回、とりあえずベジタリアンをやめて見ました。
きっかけはとくにありません笑
えいや、っと食生活を変えるのは冷たい水にはいるようなもので、しばらくすれば慣れると思っています。
やはり、肉を食べると体が濁ってしまうような感覚はまだあるので、もしかしたらまたベジタリアンに戻ってしまうかもしれませんが、自分の体や気持ちと相談しながら、しばらくは肉のある食事をしていこうと思います。

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コメント

  1. 通りすがりのアラフォー より:

    わたしも数年前にベジタリアンだったりローフーディストでした。
    でも活力が必要なときにそういったライフスタイルをやめました。
    最近はこちらのサイトがとても詳しいので参考にしています。
    https://ariya-step.com/463.html

  2. 通りすがり より:

    >無駄なエネルギーがなくなり、精神的に落ち着いてくるのですが、それが行き過ぎると元気が全くなくなってしまいます。

    めちゃくちゃなこと書いてますね。
    要は栄養失調や低血糖に陥っていたのでは。
    どちらも極端な菜食主義者が経験する症状です。
    それを「落ち着いた結果」とか「昔摂取した毒が抜けているだけ」とか言っているベジタリアンもたくさん見てきました。
    彼らは皆、自分の食事が間違っているから体調を崩しているのだと認めたがらないんです。
    認めたら自分が馬鹿みたいになってしまうから。
    なので、菜食主義をやめる時にも体調のことにはあまり触れず
    「食事を考えるのが大変」だの「食費がかかってきつい」だのと言うんですよ。
    あくまでも苦渋の選択であると主張するんです。
    そうやって次の日からは美味い美味いと肉を食べる。
    本当に欺瞞に満ちてます。

  3. shogo-nakayama より:

    通りすがりさん、コメントありがとうございます

    私は、栄養バランスに関しては正しい知識で補えるのでベジタリアンは不健康ではない(私を含め、大抵のベジタリアンは栄養バランスに気を使っています)
    ベジタリアンは生き方の一つであり批判すべきではない、というスタンスですが、いろいろなご意見があること改めて考えさせられます

    もっと議論が活発化するとよいなと思います

  4. shogo-nakayama より:

    アラフォーさん、コメントありがとうございます

    とても参考になります
    ベジタリアンというライフスタイルだけでなく、こういった知識も伴って広まるとより有意義かなと感じます

  5. しょうちゃん より:

    菜食を(再び)やめました。
    一応肉や油は心筋梗塞率をあげそうだから控えるつもりで。

    畑やってたり、植物を見てると、
    青々しくて「生きてる」って伝わってくるんですよね。
    枯れると動物で言う死んだような状態に見える。

    NHKの某番組でも、昆布は生きてると出汁はでないけど、
    「死ぬと出汁がでるんですよ」って。
    植物も生きてるって事です。

    昔理科の実験で、ほっぺたの中をかりかりして、
    顕微鏡で見てると微生物がウジャウジャ思い出しました。
    腸内細菌にしても、細胞内にいるミトコンドリアなども
    同じ生き物(命)ですからね・・。

    人間も腸の研究をしている第一人者がいうには、
    元々生物は食べるための口と、
    吐き出す(吸収する)ための腸があるだけで、
    人間で言う5感の装置というのも
    腸の細胞がベースになってるそうですし。

    結局は菜食主義者ってのは、
    自分達の価値判断だけで、
    平等である命や生き物に対して、
    哺乳類とかは「感情があるからくわない」
    微生物や細菌へは「目に見えないから食う!」とか、
    自分達の価値判断だけで行ってるって始末です。
    「植物に命が宿ってるのか?」とか、
    そういう議論するのを好んで、
    自分の脳が納得するような回答を得られないと満足しないんでしょうね。

    肉食を斡旋するためにどっかの団体に賄賂を渡してるような
    自分達の利益になるような団体とやってる事は同じ印象で。
    頭の知識や、損得勘定、人間の価値判断命に押し付け、
    もてあそんでる事にかわりない。

    結局菜食も熱を持ちすぎると、感情的な人がいますよね。
    SNSのコミュニティみてても、同じような人が
    菜食のメニューを上げ続け、いいねを貰う依存状態で。
    この人達は野菜を食うことばっかり考えてる
    一種の異常な状態って印象で。

    結局は、知識とかで「メリットがある」という理由で
    安易な食事療法や、菜食に走るべきではないですね。

    きちんと体の声を聞いて、必要なもの必要なだけ頂く事の方が、
    地球に対して1番良い行いだと思います。
    飽食の時代で・・知識に振り回されてるだけですね。

  6. shogo-nakayama より:

    コメントありがとうこざいます

    そうですね。こういった食生活から派生してくる考え方はいろいろな受け取り方ができますよね

    知識にふりまわされているだけ、というのは印象的な言葉です
    こういった話題がもっと活発に注目されることでまた世間の受け取り方もかわってくるのかなと感じています

  7. しょうちゃん より:

    返信ありがとうございます。

    結局は「知識に振り回されてる」が腑に落ちますね。
    世の中には色々な美容情報、最新科学、医学、
    健康食品やダイエット法が蔓延してますが・・
    全てに共通して言える事です。

    菜食主義者や他のダイエット法をやってる人達は、
    知識によって振り回されてるだけなので、
    「体の声を聞く自然な食事を出来ない連中」です。

    彼らに「最もらしい説明」を行ったところで、
    結局は「知識によって食事をしている」事に変わらず、
    言ってる意味は理解できないでしょうし、
    議論を重ねたところで知識が膨れあがるだけで
    矛盾が生じてきます。

    植物も夜間は呼吸をしてるわけですし、
    腸内細菌や、ウィルスなども生命に変わりありません。
    感情があるから食わない、見えないから食う・・などと
    頭の価値観で生命を差別すべきではないですよね。

    肌の色が違うとか、宗教がどうとか・・
    これも1つの概念を棚に上げた
    一種の差別です。

    生命に対しても、感情の有無や、
    知識があるとか、痛みが有るとか・・
    それだけで、命を差別すべきではない。

    人間が知識があり、感情があるからと言って
    地球上で一番偉い生き物ではありません。
    生命に優劣をつけるのは愚かなことである。

    菜食主義者ほど生命を差別して、
    地球上の土壌をいじり回したり、
    頭の価値観で、野菜しか食わず・・
    体は肉を欲しがってるのに、
    大豆ミートでジャンクフードを食って喜んでる始末で。
    体の中の細胞に対しても虐待をしているわけです。
    体の細胞や脳の奥では肉を食いたい!とアピールしてても、
    間違った知識が入ってますから、「ちぐはぐ」します。
    頭の知識による快感だけで中毒を起こしてるわけです。

    神にでもなったつもりなんでしょうかね。
    野菜のみの食事をしたからと言って悟れるわけではありません。
    ブッダも苦行で悟れないと、悟れました。
    菜食にして何かが得られるとか思ってるんでしょうね。

    実際には地球の土壌を荒らしまくって、
    子供に野菜を食わそうと苦味をとったり、
    果物を甘くしたりと・・やってる事は肉食業界と同じです。

    彼らを説得する為に、結局は知識を使わないといけないので
    一種の矛盾も生まれますし、
    彼らが「自然と気づく」まで、
    頭にかかった洗脳はとれないでしょうね。

    アレルギー反応を示すとか、
    宗教や民族で菜食してる分は否定はしないですけど。
    体が野菜を食べたいのであれば別です。

    彼らに変な説得をした所で、
    彼らの価値観を論破して説得しても・・
    「体の声」を聞けない連中ですので、
    無視するしかありません。

    知識に振り回されない食事をする事です。
    自分の体は自分で守りましょう~ですかね。

  8. しょうちゃん より:

    省略したの(要約)を書いておきますが・・

    「頭の知識で食事をしてる連中」ですので、
    知識を用いて説得しても・・意味が無いんです。

    彼らが本当に理解できれば
    「体の欲求を聞く食事」に変えるでしょうけど・・

    彼らと議論をしたり、論破したり説得したところで、
    「頭の知識(快感)で食事」続けます。
    新たな知識や価値観に触れると、
    また「別の食事へ移り変わり」をします。
    彼らは気付くまで、繰り返すんです。

    説得する価値もない。放置して無視するだけです。
    自然と洗脳が溶けるか、体が悲鳴を上げるのか?が先か。

    そういう事です。

    長い文章、すみませんでした。

  9. shogo-nakayama より:

    コメントありがとうございます

    おっしゃることもよくわかります

    相手をそのように説得する、ということが正しいのか、ということでもいろいろと議論はうまれそうな気はします。
    相手はこう考えているから、こちらはこのように対応する、というもの限界がありますし、一括りで捉えるには難しいほど多様性のあることでもあるかなとは思っています

    私は問題提起としてしか語ることはできておりませんが、もっといろいろと議論が深まるといいと言いですよね

    お考え、おつたえいただき嬉しく思います。
    短い返信となってしまい恐縮です