インドのブッタガヤで、ヴィパッサナー冥想に挑戦しました。


こんにちは、中山尚互(なかやましょうご)です

2014年の話ですが、インドのブッダガヤにてヴィパッサナー瞑想の道場に入り、瞑想に挑戦をしましたのでその時のお話です。

ヴィパッサナー瞑想(Vipassana)とは

瞑想といっても、インドには様々なスタイルの瞑想方法があります。
サマタ瞑想やTM瞑想と呼ばれるものもあります。
マントラと呼ばれる呪文のようものを唱え続けるものもあれば、座るのではなく歩き回ったり、踊ったりするものもあるそうです。それぞれ、心の平穏を求めたり、思考の整理をしたりと効能も様々です。
TM瞑想は、ビートルズが修行に取り入れたことでも有名です。

今回、私が挑戦したヴィパッサナー瞑想は、2500年ほど前にゴータマシッダールタ、仏陀が悟りを開いた瞑想方法として有名です。

この瞑想の特徴は、ただひたすら自分の心を無にするというもの。
他の瞑想のスタイルと比べて、かなりシンプルです。

私が参加したのは10日間のコースですが、自分の呼吸を見つめる、鼻の下に通る呼吸に集中する、など、毎日課題が与えられます。
課題をこなしながら、ひたすら瞑想に打ち込むというのがこちらの道場での基本的な流れです。

参加方法

こちらのサイトにて予約をすることで参加ができます。
予約は必須で、飛び込みではできませんで注意です。
道場自体は私の参加したインドのブッダガヤだけでなく、世界各地にあります。
日本でも、千葉や京都にありますので、わざわざ海外に行かなくても参加は可能です。

ちなみに私がブッダガヤで参加をしたのは、ブッダが悟りを開いた地でやって見たかったというミーハーな気持ちからです笑
言葉の関係からも、海外でやるよりは日本でやる方がいいかもしれません。

日程は10日間。
しかし、前日から準備ということで道場に泊まることになるので、実質的には11日間かかります。

料金は無料です。
ただし、ドネーション制になっていますので、道場を出るときに多少の寄付はしましょう。
具体的な金額は提示されませんが、道場は我々の寄付のみで運営されているようです。自分が滞在したぶんの宿代と食事をまかなえるだけの額は募金した方がいいかなと思います。

道場での宗教観について

瞑想というと、変な宗教なのではないか、参加すると洗脳されてしまうのではないか、と心配する方がいるかもしれませんが、私が参加した限り、こちらではそのような宗教色はとても薄いと感じました。

なにか宗教の話を聞かされるということもなく、もちろん勧誘もなく、ただひたすら瞑想に打ち込みます。
参加者は、私以外には仏教徒の方も多かったですが、ヨーロピアンやアラブ系の人も参加していました。
みなさん、宗教というよりは自分の内部への探求を理由にして参加をしているようでした。

1日のスケジュール

道場の中では、することは非常にシンプルです。

4時に起床をして2時間瞑想、朝食を食べて3時間瞑想、昼食を食べて4時間瞑想、お茶休憩があってさらに1時間瞑想、そして休憩をして1時間瞑想をして、9時半に就寝、というのが毎日の予定です。
瞑想の合間に、その日の課題(呼吸の集中をする、意識を保つ)などが言われ、その通りに瞑想をしていきます。

スケジュールは決まっていますが、参加は義務ではありません。もし、もっと寝ていたいと思えば寝ていてもいいですし、嫌になったら自分の部屋に戻っても構いません。しかし、わざわざ時間を作ってここにきているということもあり、瞑想をサボっている人はほとんどいませんでした。

部屋は各自個室が用意されました。と行っても、ベッドが一つとシャワーがあるだけの簡素な部屋です。

食事はベジタリアンメニューで、私のいたブッダガヤでは質素なカレーでした。場所によっては豪華なものが出る場所もあるようです。

ルール

道場の中では、いくつかのルールがあります。
こちらは、この道場にいる間は絶対に守らなけれはなりません。

1.他人と会話をしてはならない、目も合わせてはならない
2.途中で道場を出てはならない
3.文字を読んではならない
4.性的な行為をしてはならない
5.生き物を殺してはならない

です。こちらを守り、ひたすら自分と向かい合う時間をつくります。

修行をして見た体感

10日間のコースでは、初めは呼吸に集中するなどのシンプルな課題が与えられます。
初めの4日間はその課題に集中しながら、ひたすら座って瞑想を続けます。座椅子のようなものがあるので多少は楽ですが、足はかなりしびれますし、肩も凝ります。

瞑想といっても何もしていないと同じような状態なので、頭の中では雑念や妄想がかなりいろいろと渦巻いていきます。

頭が何か考え始めたらそれを止めるようにしなさい、と課題が出されるのでその通りにします。
すると、いかに自分の頭がすぐに考え事を始めるか、妄想ばかりをしているかということを実感します。

5日目になると課題もなくなり、ひたすら瞑想に集中することになります。このころから、頭の妄想を止めることが楽にできるようになってきて、何も考えていない状態、頭の中が無の状態を作れるようになります。
すると、身体感覚が研ぎ澄まされてきて、体が透き通っていくような感覚になります。
ここに関しては個人差が大きいようで、他の参加者では何も感じないと言っている人もいました。

ここがヴィパッサナー瞑想の非常に難しいところですが、このような状態になりたいというようななにか目的を持って瞑想をしてしまうと、その意識を消すことができなくなってしまい、意識を無にすることができなくなってしまいます。
目的を持たず、何かにとらわれず、ひたすら頭を無にして行くこと。目的というよりも行為自体に瞑想をする意味があるようです。

まとめ

計十日間の瞑想を終え、私なりにいろいろな発見や体験をしました。
これまでの記憶がかなりクリアに浮かび上がってまるでその時の瞬間に戻ったかのように当時の状況を感じることができたり、自分がまるで赤の他人のように感じ、自分の存在を完全に第三者のように見ることができたりと、普段の生活で体験できない、言葉で表せる世界の外側にはみ出てしまったような体験もありました。

瞑想は、山に登るのに近いような気がします。
ひたすら地味な作業ですが、そこで得られるものは、個人によってかなり違いがあり、得られるものも違います。
上記のような体験も私の個人的なことであり、同じことを経験する人はこの世界には二人といないかもしれません。

十日間という、時間的に負担の大きいものでしたが、私は参加をして非常に満足しています。
またすぐにやりたいかと言われたら考えてしまいますが、これから人生のなかで色々な体験をしたのちにもう一度こちらに戻ってきたいと思えました。

以上、私のブッダガヤでのヴィパッサナー瞑想体験でした。


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