ヨーロッパの電車での自己責任の形


こんにちは、中山尚互(ナカヤマショウゴ)です

現在、ヨーロッパを旅行しており、電車を使うこともしばしばあります。
デザインも乗り心地も違うのでわたしにはとって非常に新鮮ですが、ヨーロッパの電車と日本との違いで一番大きな部分は、チケットの確認方法でしょう。

日本の電車とヨーロッパの電車、どう違うのか

ヨーロッパ式の改札は、こちらのように非常に簡素なところが多いです。
こちらはチェコのプラハ中央駅の改札ですが、大きな駅にもかかわらず改札はこのように感じで、誰でも簡単に通り抜けされます。近くに駅員も基本はいません。

つまり、チケットがなくても簡単に改札をくぐれてしまいます。

チケットもこんな感じで、紙のチケットに日付と場所が書かれている簡単なものです。

(ちなみにこちらはオランダのチケットです。ヨーロッパの電車のチケットは大体こんな感じです。)

なので、日本のように自動改札機がきちんと完備されていて、チケットを持っていないと絶対にプラットホームに入れない駅とは形がかなり違います。


プラハの駅はこんな感じです。
改札がないので誰でも入ることができ、かなり開放的なイメージです。

ヨーロッパの改札での切符のチェックの仕方

そのような仕組みを見ると、ずるい人は無賃乗車をし放題じゃないか、とおもいますが、そんなことはありません。
たまに車内に駅員さんが入ってきて切符をチェックします。
その時に、もし正規の切符を持っていないと高額な罰金を支払わなければなりません。額は国によって違うようですが、200ユーロとか300ユーロを支払わせるところもあります。

切符はいつもチェックされるわけではありません。
しかし、この罰金のリスクがあまりにも大きいので、乗客はチケットを買っています。

ヨーロッパ式の改札のおかげで、ヨーロッパの駅はシンプルで便利

日本の改札に比べてかなりラフなイメージですが、このおかげで大抵のヨーロッパの駅には改札が無数にあり、改札で混雑しているということはまずありません。
改札で仕切られているということもないので、駅が複雑な形にならずに駅を通過して反対側に出ることも簡単です。

駅員も日本に比べて少ない印象です。
運用コストの面でも、効率が良い仕組みなのでしょう。

デメリット

ですが、やはり困ってしまったところもあります。
例えば先日、私はドイツで電車に乗っていてチケットチェックを受けました。
私はきちんとしたチケットを買っていたと思っていたのですが、よく見るとそのチケットは目的地が私が向かっていたところと違っていたようで、安いチケットを買って長距離を乗ろうとしていたと疑われてしまい私は罰金を支払うことになってしまいました。
観光客であっても容赦なしです。

私は、ドイツ語がわからず、持っていたチケットが間違っていたことに気づきませんでした。(あとでよく見ると英語の表記もありました。)

ヨーロッパに住んでいるのであれば、きちんと確認をしてこのようなミスも事前に防ぐことができるのでしょう。
しかし、利用者全員が電車に乗るルールを理解していることを前提につくられたこの仕組みは、私のような旅行者にはあまり優しくありません。

このように、改札の仕組みをわかっておらずに罰金を支払うというのは、自己責任ということでしょう。

ヨーロッパは自己責任の場所

この改札の仕組みから、ヨーロッパでの自己責任に対する考え方が見えてくるような気がします。

社会の構造はシンプルになっていて、もし失敗をしたら個人が責任を取る。
そんな、個人に責任能力があって自分で判断をすることができる前提で仕組みができているように感じます。

例えば、ヨーロッパの街中の様子を見ていると子供が一人で出かけるということはまずありません。
治安の面ということもあるでしょうが、まだ社会の仕組みをわかっておらずに責任を取れないをとれない子供は一人で外に出歩かせられないのでしょう。

このように、説明がすくなくシンプルな仕組みは、ヨーロッパのいたるところで見かけます。

日本の改札は、間違いが起こらないようにできている

それとは違い、日本の改札は決して間違いが起こりません。
チケットを買わなければ改札に入ることもできませんし、規定の料金を支払わなければ出ることもできません。
何かを間違えて罰金、ということも基本的にはないでしょう。

このような仕組みですと、個人の責任能力などは全く関係なく誰でも理由することができます。
子供が一人でも遠出をすることができますし、もしかしたら自分が間違っているかもしれないと心配する必要もありません。

まとめ

ヨーロッパと日本、改札からそんなことを考えました。
どちらがいいということはないのでしょうが、自己責任のあり方の違いははっきり見て取れます。ヨーロッパの大人の落ち着いた雰囲気は、こういった責任をとれる大人であることを前提とした社会で育つのではと感じたりしました。

ほいでは!


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